島津義弘公木彫刻像、鹿児島県湧水町勝栗神社に地域を見守る祈願像として鎮座
2025/04/22
島津義弘公木彫刻像、鹿児島県湧水町勝栗神社に地域を見守る祈願像として鎮座!
島津義弘公とは
島津義弘(1535?1619年)は生涯で52回の合戦に出陣し、数々の戦功に彩られた戦国時代屈指の武将でした。本家15代・島津貴久の次男として生まれ、父や兄の義久に従い、主に軍事面を担当。三州統一、九州攻略、朝鮮の役、関ヶ原合戦などに従事し、常に戦地最前線で指揮。島津家の勢力拡大を支えた中心的人物でした。その他にも色々活躍した義弘公ですが、湧水町にある勝栗神社にもゆかりのある方です。

勝栗神社とは
古くは正若宮八幡社と称し、明治三年六月勝栗神社と改称しました。この社名は、島津義弘公が文禄の役の折り「野も山も みな白旗と なりにけり 今宵の宿は 勝栗の宿」と、詠んだ故事に由来すると言われています。

島津義弘公を作るきっかけ
この作品は令和4年勝栗神社本殿改修工事の完成式典に合わせてご依頼を受けた作品です。
この神社に朝鮮出兵の前に立ち寄られたという事もあって、数々の武勇伝で知られる義弘公の勇ましい姿を再現しました。

甲冑のデザイン
昔の資料と、私が考えたオリジナルの模様などを取り入れて制作しました。兜の上の狐は島津家の祖・島津忠久の母・丹後局が雨の夜に住吉大社(大阪市)の境内にある稲荷神社で産気づいた際、稲荷の使いの狐が狐火で照らしてお産を助け
以来、島津家が稲荷神を信仰するようになったという逸話によるものです。

チェンソー以外の道具も使用
あらゆる彫刻道具を使い、凛々しいお顔の表現も再現しました。

神社の御神体
今回は事例は御神体の制作ではありませんが、全国には数々の武将を祀る神社があります。
弊社はこう言った寺社仏閣の作品も多く手掛けておりますので、お気軽にご相談ください。
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